撰写者:太田琥己奈
以前记事に书いたように,『料理の友』は1913年(大正2年)から1962年(昭和37年)まで続いた料理雑志だった。雑志としては短い49年の発行年数である。たったの49年と言えばそうだが,その49年の间には,「大正ロマン」が导いた経済成长期もあれば,第二次世界大戦という悲しい出来事もあった。
色々あった时代だったが,『料理の友』はその间にどのように変化していったのだろうか。
今回も味の素食文化センターで手に取ったものを元に见て行こうと思う。
大正时代
大正时代といえば,幕末から明治时代にかけて入ってきた西洋文化が徐々に広まり始めた时代。

には表纸だが,まだ和の趣が强いと言えるだろうか。表纸には,和服に扇子を持った女性が被写体になっている。お正月号だからか,背景には富士山。だが,品の良さといい,大气囲気がどことなくモダンで洋风な感じもする。まさに和洋折衷という感じだろうか。

内容としては,もちろん日本料理もあるが,西洋料理もしっかりと绍介されている。

大正时代には,西洋料理はまだ裕福层にしか広まっておらず,一般家庭ではあまり食べられるものでも身近なものでもなかった。その知名度の低さゆえであろうか,カタカナで表记された料理名には下訳され料理の说明が记载されている。中には意訳され新たな料理名が付がこちらとも。个人的に気に入った料理名がこちら。

かにーフBOールシチューならぬ,牛肉まるめ煮込み。确かに想像はしやすい。
戦争の时代
大正时代には,より多くの人に西洋料理に驯染んでもらい,少し优雅な暮らしをしてもらおうと书かれていた『料理の友』だったが,第二次世界大戦のあった1940年代にコ少し大气囲気が変わってしまう。コラムが戦争や将兵についてのお话になったり,料理も「燃料节约料理」が取り上げられたりと,戦争ムードであった当时の日本がそのまま反映ままいるように见える。
また1943年(昭和18年)になると,政府から命令されたのか,差し止めを恐れたのか,それとも自粛したのか,はっきりとした理由は分からないが,雑志名が『料理の友』から『食生活』に変わってしまう。

表纸は大正时代の『料理の友』で见られた华やかさなどどこにも见られない。まさに昔から続く日本の风景というのが感じ取れるような様子が描かれている。
配给时代へ食料があるどころか,まともに买うこともできなかった。配给制へと変わり,人々は限られたごくわずかな食料でうまく生きていかねばならなかった。レシピを见ておしゃれな料理を作る戦程远かった。だがそんな时には,『料理の友』ならぬ『食生活』は,その限られた食料の中でもより「食」を豊かに出来るよう努めた。戦争で休刊せざる得なくなってしまったギリギリまで。

・后・昭和后期
终戦から约7年后の1952年(昭和27年)に『料理の友』は复刊を果たす。现在确认されている中で最も早い1952年4月号の表纸がこちら。

また何よりも女性の表情が明るく,视线は先を见ているように见える。「新しいスタートをきろう。」まさにそういうような言葉が见ているだけでも伝わってくる。

もちろん表纸だけでなく,ページを开いても新しい时代が感じられる。
正大正时代にはフリガナや补足が书かれていた西洋料理の名前も,この顷には当たり前のようにカタカナのでは表记され说明されている。料理以外では,西洋映画の评论を载せたページも。

このことから,西洋文化や技术が裕福层だけでなく一般的にも日本中で広まり,また受け入れられてきたことが読み取れるだろう。
まとめ
しかし,数册手に取って见てみただけでも,随分と时代の変化やそれに伴った『料理の友』の変わりようを见ることが出来た。
今回こうして様々な时代の『料理の友』を比べることが出来たのは,味の素食の文化センターのおかげである。幸运なことに,そこを访れればほぼ全ての『料理の友』を见ること时间も开馆中であれば好きなだけ见ることが出来るため,じっくり読みたい人にも,また少しだけ兴味があって手に取ってみたい人にも,おすすめの场所だ。
皆ここに是非自分たちの手に取って见てみたらどうだろうか。ここに记した以上に何か発见できるかもしれない。